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東京地方裁判所 昭和40年(ワ)2073号 判決 1969年4月05日

理由

第一本件代物弁済予約の性質

一  本訴請求原因事実については、いずれも当事者間に争いがない。

二  代物弁済契約とは、本来の給付に代えて他の給付をすることにより既存債務を消滅せしめるものであるが、我が法制上の債権担保制度が経済の発展により増大した信用設定の必要に十分応じうるものでない等の理由から停止条件付代物弁済契約または代物弁済予約の形式を採りながら、その実質は本来の代物弁済契約でなく、これを担保制度として利用し、目的物件から債権の優先弁済を受けようとしているに過ぎない場合を生じている。その場合、その性質が果して本来の代物弁済契約であるか否かは、契約の解釈に属し、法律問題であるから、裁判所は、代物弁済予約等の成立につき当事者間に争いのない場合でも、その実質につき、弁論主義の制約の範囲内で、判断すべきである。

三  貸金債権担保のため、不動産に抵当権を設定し、これに併せて、その不動産につき、代物弁済予約を締結した形式が採られている場合で、契約時における、その不動産の価格と貸金債権の弁済期までの元利金額とが、合理的均衡を失する場合には、特別な事情のない限り、その代物弁済予約の実質は、担保権と同視すべきものである。この場合債務者が弁済期に弁済しない場合でも、債権者は、目的物件を換価処分し、これによつて得た金員から、債権の優先弁済を受け得るにとどまり、換価処分という目的のために、目的物件の所有権は債権者に移転する。一方債務者は、弁済期経過後でも、目的物件が換価処分されるまでは、弁済などにより債務を消滅させ、所有権移転の目的たる換価処分の必要性を消滅させることにより、担保権としての代物弁済に基づく所有権移転を遡つて消滅させうると解するのが相当である。けだし、債務の消滅により、債権担保権としての代物弁済予約は、目的の実現を果すからである。

四  上田長太が、本件代物弁済予約締結の際、原告に対し、本件貸金債権を被担保債権として、本件土地建物につき、抵当権を設定することを約した事実は当事者間に争いがない。さらに、成立に争いのない乙第一〇号証によれば、本件代物弁済予約締結当時の本件土地建物の合計した価格は、金六〇、七三四、三〇〇円である事実を認めることができる。甲第一一号証の二には、本件土地の昭和三七、八年当時の価格が金三、五四一、七六〇円である旨の記載があるが、これは税務官署が独自の立場で認定した価格であるから、これによつても右認定をくつがえすには足りない。原告本人の供述中右認定に反する部分はとうてい信用できない。他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。そうすると、本件代物弁済予約は金六、〇〇〇、〇〇〇円の債権に対し、金六〇、〇〇〇、〇〇〇円を超える価格の土地建物についてされたものであつて、貸金債権の弁済期までの利息を元本に加えても、契約時における本件土地建物の価格と、弁済期までの元利金額とが著しく合理的均衡を失する。原告は、これに対し、本件代物弁済予約が本来の代物弁済契約の性格のものであることを認めさせるに足りる特別な事情を何ら主張立証しない。これによれば本件の代物弁済予約は、債権担保を目的とするいわゆる処分清算型代物弁済の予約と解すべきである。

第二貸金債権の消滅

一  原告が、上田長太に対し、金六、〇〇〇、〇〇〇円を貸し付ける際、二か月分の利息として金四八〇、〇〇〇円を天引きした事実については当事者に争いがない。約定の年一割五分の利率は、利息制限法による制限利率であり、この場合、約定利息額を超える金員を利息の天引きとして消費貸借の目的金額から差し引いて交付すると、その超える額は、元本の支払いに充てられたものと解される。昭和三七年一〇月一七日から、二か月後の同年一二月一七日までの約定の利息は、金一五〇、四一〇円九五銭であるから、残金三二九、五八九円五銭は元本の支払いに充てられたことになり、残元本は金五、六七〇、四一〇円九五銭となる。

二  原告が、その後、被告に対し、弁済期を昭和四〇年二月一七日まで猶予した事実については、当事者間に争いがない。また、被告が、原告に対し、昭和三七年一二月一八日から昭和三九年一二月二五日に至るまでの間に、前後一五回にわたり、別表第三番ないし第一七番記載のとおりの年月日に、いずれも本件貸金債務の利息として、同支払額欄記載のとおりの金員を支払つた事実については、同第一二番および第一七番記載の弁済の事実を除き、いずれも当事者間に争いがない。被告本人の供述およびこれによつて真正に成立したものと認められる乙第六号証によれば、被告が、原告に対し、いずれも本件貸金債務の利息として、同表第一二番および第一七番記載のとおり、昭和三九年三月一六日、金二四〇、〇〇〇円および同年一二月二五日、金二〇〇、〇〇〇円を弁済した事実を認めることができる。約定の利率が利息制限法による制限利率である場合、利息として約定利息額を越える金員を支払うと、その越える額は元本の支払いに充てられたものと解される。右各弁済につき、その約定利息額はいずれも別表約定利息額欄記載のとおりであるから、被告の各弁済はまずこれに充当され、残金がいずれも同表元本弁済額欄記載のとおりの金額で元本に充当されたことになり、残元本はいずれも同表残元本額欄記載のとおりとなり、結局、原告が昭和三九年一二月二六日以降有していた債権は、残元本金三、二九六、〇三六円二六銭ならびにこれに対する同日から昭和四〇年二月一七日に至るまで約定の年一割五分の割合による利息および同月一八日から支払済みに至るまで約定の日歩八銭二厘の割合による損害金となる。

三  原告が、昭和四〇年三月一五日、本件訴訟を提起した事実は記録上明らかであり、その後は、原告において、被告の本件貸金の残債務の弁済を受領する見込みもなかつた事実については、原告において明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。かかる状況にあつては、別段の提供をすることなく、直ちに弁済の目的物を供託しても、その供託は有効である。被告から昭和四〇年三月一六日本件土地を買つた引受参加人が、昭和四〇年四月六日、東京法務局に対し、原告のために、金三、四一二、〇七六円を弁済のため供託した事実については、当事者間に争いがない。引受参加人が、いずれも東京法務局に対し、原告のために、昭和四三年一二月一九日、金一八〇、〇一七円および昭和四四年二月二四日、金一〇、〇〇〇円をそれぞれ弁済のため供託した事実については、原告において明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。右弁済供託額は、後述のとおり債務額の一部に対してなされたものであるが、供託額に比して不足額は僅少であつたし、しかも三回の供託により全債務額に達しているのであるから、全体として弁済供託の効果を認めるべきである。

原・被告ともこの供託の充当の指定につき何の主張立証もしないから、これは法定充当の規定に従つて充当されることになり、昭和四〇年四月六日の供託は、まず残元本金三、二九六、〇三六円二六銭に対する昭和三九年一二月二六日から昭和四〇年二月一七日に至るまでの約定の利息金七三、一二二円七〇銭および同月一八日から同年四月六日に至るまでの約定の損害金一二九、七三一円九八銭に充当され、残金三、二〇九、二二一円三二銭が元本に充当され、昭和四三年一二月一九日の供託は、まず、残元本金八六、八一四円九四銭に対する昭和四〇年四月七日から昭和四三年一二月一九日に至るまでの約定の損害金九六、三一七円五八銭に充当され、残金八三、六九九円四二銭が元本に充当され、昭和四四年二月二四日の供託は、まず残元本三、一一五円五二銭に対する昭和四三年一二月二〇日から昭和四四年二月二四日に至るまでの約定の損害金一七一円一六銭に充当され、残金内金三、一一五円五二銭が元本に充当され、原告の本件貸金債権は、元利金とも完済されて消滅したことになる。

四  原告に対する、本件代物弁済予約完結の意思表示による本件土地の所有権の移転は、右、貸金債権の消滅によつて、換価処分の必要性を欠くに至り、遡つて消滅した。従つて原告は、本件土地の所有権を取得しないことになるから、その余の点につき判断するまでもなく、原告の本訴請求はいずれも失当である。

第三反訴請求の成否

原告主張のとおりの経緯で、本件土地の所有権が上田長太から被告に移転したことは、第一項(一)に判示したとおりであり、被告が、昭和四〇年三月一六日、引受参加人に対し、本件土地を売つた事実ならびに原告が、本件仮登記および本件抵当権設定登記を有している事実についてはいずれも当事者間に争いがない。本件仮登記の原因である代物弁済予約によつて担保される債権が消滅したことは前項判示のとおりであるから、本件代物弁済予約も効力を失つた。さらに本件抵当権設定登記の表示する抵当権が担保する債権が消滅したのであるから、抵当権もまた消滅した。よつて、原告は、本件土地の所有権者に対し、本件仮登記および本件抵当権設定登記の抹消登記手続をする義務があるから、引受参加人の反訴請求は正当である。

第四結論

よつて、原告の本訴請求をいずれも棄却し、引受参加人の反訴請求を認容

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